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姫路簡易裁判所 昭和55年(ハ)29号 判決 1980年10月28日

原告 有限会社日商建設

右代表者代表取締役 中西信次

被告 亡松林一郎相続財産

右相続財産管理人 栗原彰人

主文

原告の請求は棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は原告に対し、別紙目録記載の建物について、神戸地方法務局姫路支局昭和五二年二月二日受付第四八七一号停止条件付賃借権仮登記にもとづき昭和五四年九月一二日停止条件の成就を原因として本登記手続をせよ。

2. 被告は原告に対し、右建物を引渡せ。

3. 訴訟費用は、被告の負担とする。

4. 右第2項につき、仮執行宣言の申立。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1. 昭和五二年一月二七日、原告は連帯債務者訴外松林一郎(以下訴外一郎と略称する)および同松林豊子(以下訴外豊子と略称する)に対し、弁済期昭和五二年二月二八日、利息年一割五分、損害金年三割の約定で、金二〇〇万円を貸渡した。同日、原告は訴外一郎より、右債務不履行を停止条件として、賃料一月金三、〇〇〇円、賃料の支払は毎月末日、期間三年、賃借権の、譲渡、転貸ができる旨の約定により、別紙目録記載の建物(以下本件建物と略称する)を借りうける旨停止条件付賃貸借契約をなし、神戸地方法務局姫路支局昭和五二年二月二日受付第四八七一号で仮登記を経由した。

2. 右訴外人らは、右債務につき何ら支払をなさず、その後、原告はその支払を猶予していたところ、訴外一郎は昭和五四年九月一二日死亡し、その相続人らは相続を放棄し、訴外豊子は現在行方不明である。

3. 右訴外一郎の債務は同人の死亡により債務不履行となったので、原告は被告に対し、右停止条件の成就したことにより、前記仮登記にもとづく賃借権設定の本登記手続および、右建物の引渡を求める。

二、請求の原因に対する認否

1につき、原告主張のとおり仮登記の存することは認め、その余不知。2につき、訴外一郎の死亡の点、同相続人の相続放棄の点は何れも認め、その余不知。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因1につき、原告主張のとおり、本件建物に仮登記の存すること、同2につき、訴外一郎が原告主張の日時死亡し、同相続人が相続を放棄したことは、当事者間に争いがない。

二、1.<証拠>によれば、請求原因1の主張のとおり、原告は訴外一郎、同豊子に対し、同人らを連帯債務者として、同主張の約定により、金員を貸渡し、右債権を担保するため、本件建物に抵当権を設定し、神戸地方法務局姫路支局昭和五〇年二月二日受付第四八七〇号で同設定登記を経由したこと、合せて右貸金債務の不履行を停止条件として停止条件付賃借権を取得したこと、そして右賃借権取得の目的はもっぱら右債権を担保するためであって、同建物を使用収益するのが目的ではなく、もし訴外人らにおいて、右貸金の弁済をしない場合は、右証人あるいは第三者をして熔接等の仕事でもなさしめようかという程度のもので具体的に使用収益の意思も、またその必要もなかったこと、昭和五四年九月一二日訴外一郎が死亡し、現在同豊子が行方不明となっていることから、原告としては本件建物を使用して右債権の幾何かを回収したいという気持はあるものの、さしあたってとくにこれを使用しなければならない特段の事情もないこと、さらに、本件建物につき、昭和五五年二月一九日先順位抵当権者である訴外西脇勇の申立により神戸地方裁判所姫路支部において任意競売手続開始決定がなされたことの各事実を認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

2.(一) そこで、原告の取得した停止条件付賃借権が、民法三九五条に規定する短期賃借権に該当するか否かについて考察する。

抵当権とともに設定された停止条件付賃借権は、抵当権とは別個に、その目的不動産について使用収益することを目的とした旨の特段の事情のないかぎり、右抵当権の把握する不動産の担保価値を維持することが主眼であると解するのが相当である。すなわち、通常かかる停止条件付賃借権が抵当権とともに設定される主たる目的について考えてみるに、その抵当権設定後における同不動産に対する第三者の短期賃借権の取得を牽制し、かつそのような短期賃借人が生じた場合は、右停止条件付賃借権設定当時になした仮登記にもとづいて本登記を求めることにより、右賃借権者に対し優先順位の賃借権を主張し、もって目的不動産の担保価値の維持をはかることにあるものと解される。

本来、抵当権は、債務者において債務を履行しない場合、債権者は債務者または第三者より占有を移さずに、担保として提供された不動産につき、他の債権者に先だって自己の債権の優先弁済をうける担保物権であるが、債務者の債務不履行により、抵当権が実行されると、その競落人は抵当権設定時の権利状態で目的不動産を取得するから、同設定後において取得された、地上権、賃借権などは覆えされて、競落人に対抗できなくなり、そのために不動産の円滑な利用が阻害されることから、右抵当権設定後取得された賃借権で、対抗要件を有し、民法六〇二条に規定する期間内のものについては、抵当権の実行によって、覆えされないものとして、もって目的不動産の担保価値を把握する抵当権と、利用権との調和をはかったものである。

そうすると、右法条にいう賃借権は、現実に目的不動産を占有し使用収益するところの賃借権を指すものであって、さきに述べたいわゆる抵当権と併せて設定された債権担保を目的とした停止条件付賃借権は直接に目的不動産の使用収益を目的としないのであるから、これに当らないものといわねばならない。そして、かかる抵当権と併用された停止条件付賃借権は、あくまでもさきに述べたとおり、抵当権を設定した目的不動産の担保価値を維持し、債権担保をはかるためのものであるから、その抵当権と運命をともにするものであって、先順位抵当権者などより、競売の申立がなされ、裁判所において競売手続開始決定がなされれば、前記抵当権兼停止条件付賃借権者はもっぱらその抵当権設定の順位に応じて右競売手続により優先弁済をうけるべく、債務者の債務不履行を理由に、右賃借権の付款たる条件が成就したものとして、停止条件付賃借権設定当時になした仮登記にもとづいてその本登記を求めることも、また右賃借権にもとづいて目的不動産の引渡を求めることも、ともに許されないものといわねばならない。

(二) さて本件について考えてみるに、本件停止条件付賃借権は、抵当権とともに設定され、その設定の目的はもっぱら前記債権を担保するためのものであること、訴外人らの債務不履行が停止条件となっていること、そしてその後本件建物については神戸地方裁判所姫路支部において競売開始決定がなされたことが明らかである。

原告の取得した停止条件付賃借権につき、原告の取得した抵当権とは別個に、本件不動産を使用収益することを内容とする点については、何らの証拠はない。

(三) そうするとその余の点につき判断するまでもなく、原告が訴外一郎との間でなした、本件建物を借りうける旨の停止条件付賃貸借契約について、右訴外人らの債務不履行を理由に停止条件が成就したものとして、右契約当時になした仮登記にもとづいて本登記手続を求めることも、またその引渡を求めることもともに許されないものといわねばならない。

三、よって、原告の請求は理由なきに帰するのでこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺正春)

<以下省略>

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